つながる産保カフェー事例検討 アルコール依存症疑いの従業員への対応編ー2025年5月17日

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今回のテーマ:事例検討-アルコール依存症疑いの従業員への対応-

今回は、アルコール依存症疑いの従業員への対応と人事部門を動かすアプローチについて事例検討を行いました。
アルコール依存症疑いの従業員の事前情報と経過
事例:50代営業職のMさん
<保健師入職前>
40代の時に中途入社し、順調にキャリアを積み、所長へ。所長になってから4年後に勤怠不良&酒臭いなど降格。50歳前半、営業先から戻らない、出勤時間に出社できない、現場からの不満の声が上がり、本社へ異動するも、50代後半に入り、期待役割を果たせない状態が続き、頻繁に体調不良で欠勤を繰り返す。
<保健師入職後>
健診結果で肝機能(人間ドック学会の基準で受診勧奨している)が悪かったため、産業医へこれまでの経過と方向性を確認。産業医より専門医を受診させる指示あり。
<本人と保健師面談>
・週2〜3日、1合程度の飲酒。営業に戻りたい希望あり。専門医は頑なに拒否。肝機能薬は内服中。
・産業医からは「飲酒していなければ通常勤務可能」の意見があり、産業医面談では飲酒していないと嘘をついていた。嘘をついていることは産業医へ共有したが、その程度の飲酒であれば問題なしとの意見があり、通常勤務。
<産業保健体制>
保健師1人体制で週2前後の稼働。入社直後の対応であったため、産業医とはまだ信頼関係が築けていない状態。
ディスカッションポイント① 専門医への受診拒否!どのように専門医へ繋げるか?


アルコール依存症疑いのケース以外でも通常の面談で受診を拒否する方はいると思うが、そういった場合、みなさんはどうしますか?
っという視点も踏まえて、以下の視点で議論しました。
受診したくない理由の聴取
受診したくない理由を聴取し、その壁を取っ払うことで受診へ繋げることができる可能性あり。
しかし、今回のケースではご本人にとって都合がいい状況がすでに作られており、難しそう。



以前クリニックを受診した際に、嫌な思いをしたそう。
今通院している内科&整形外科のクリニックの先生は、
処方のみで、特に厳しいことを言われない先生のため
本人にとっては都合が良かったそう。



お酒を飲まないようになど指導を受ける可能性がある状況や
本人にとって都合がいい状況が作られており、そのアプローチでの
行動変容は、保健師のマンパワーも鑑みると難しそうですね。
受診拒否する方へは受診したくない理由を丁寧に聴取する
受診のハードルを下げられる場合は、ハードルを下げるアプローチを行うが、難しい場合は、別のアプローチを試すこと。



受診拒否へのアプローチとしては、こちらのインスタ記事もご参考までに!


肝機能の数値的には、優先度が低いため、塩漬け対応も致し方なし



健診センターの産業保健師をしているが、健診センターでは、まあよくある肝機能の数値の範囲。
この人に関しては、自分だったら、周りの人に迷惑をかけていないのであれば、一旦塩漬けしておくと思う。
もし、職場の人に迷惑がかかっていれば、月1回面談するかも。。。



確かに、よく見ますよね、、、
私もこの数値の範囲では保健師の稼働日が少なければ
受診勧奨もせず、塩漬け対応になりますね。



もっとハイリスクな方を優先して対応していた。
また、職場も人事も困っていたが、ご本人が欠勤を繰り返していたり、レスポンスも遅い方であったため、ご本人となかなか連絡が取れず、対応が、後手後手になってしまった。



フルタイムではない関わり方って難しいですよね



特にアルバイトなどの場合は、社内メールを持っていないなどで
なかなかご本人と連絡が取れないケースがあります。
今回はそうではない方ですが、アルバイトの方へ受診勧奨しなければ
ならない場合は、より職場との連携が必要ですよね。
保健師のマンパワーや勤務状況によって、介入のスピード感や対応方法が変わる!
数値だけでなく、業務の支障も確認しながら、保健師のみで対応するのではなく、巻き込んで対応すること。
特に、アルコール依存症疑いのケースは、チーム(人事、職場、産業保健スタッフ)で対応することで保健師の負担を軽減させることができる。
アルコールに関する専門医ではなく、肝機能の専門医を提案



受診勧奨する際に、肝機能の専門医を提案しても良さそうかも。



確かにアルコール依存症の専門医ではなく、
まずは肝機能の専門医へ繋げるのも良さそうですね。
ただすでに現在の内科&整形外科クリニックで肝機能薬は
処方されているため、ご本人の納得が得られるかどうか
アルコール依存症の専門医と限定せずに、受診勧奨を試みる!
事後措置の就業制限の基準を作成



アルコール依存症の対応はしたことがなく、難しい事例だと感じました。
当社の場合は、事後措置の基準に引っ掛かる数値のため、受診しないと就業制限をかけますが、、、、
受診しているからいいんじゃないと言われるのかもなあと感じました。



事後措置の就業制限の基準を設定してアプローチするのも一つの手ですよね。確かにこのMさんの場合、言い訳してくると思いますね。
アルコール依存症の従業員の対応した事例シェア
なのんが過去に対応したアルコール依存症の従業員への対応をシェア



私が対応したケースは、職場の上司からアルコールくさい従業員がいて、職場の人間関係のトラブルや業務上の支障が出ているなどの相談があった段階で介入をスタートしました。



産業医&保健師と本人で面談を行い、「断酒であれば通常勤務」と産業医より意見があり、人事へも共有。
ご本人との面談で「断酒しているかどうかは、週1出勤前に健康支援室へ来室し、アルコールチェックをすること」「アルコールの匂いがした場合は、退勤してもらう」をお約束した上で、経過観察にしていました。



遠隔地にいる従業員の場合は、そのような対応は難しいこともありますし、フルタイム勤務➕複数産業保健師がいたからこそできた対応だと思います。
週1出勤前に来室いただき、アルコールチェックを行う。
アルコールの匂いがしたら、退勤など当面の対応を明確に提示する。
遠隔の場合は、上司がアルコールチェックを行うことも念頭に。
ディスカッションポイント② 職場は困っているが、人事が動かない場合の対応方法


<経過>
保健師面談の数ヶ月後に、体調不良による欠勤が多発。面談でメンタル不調の傾向があり、保健師が心療内科への受診勧奨実施したが、受診せず。プライベート自由による欠勤が増加。
数ヶ月後に人事&上司が診断書の提出を指示し、「アルコール性肝障害」の診断書の提出あり。
その後、欠勤が多発するものの診断書を都度提出するのみ。
体調不良やプライベート事由による欠勤の改善が見られなかったため、人事より、懲戒&降格の検討を行い、ご本人の意向により退職となる。
就業規則の確認



保健師が就業規則を確認したところ、懲罰ルールに当てはまると判明。人事と上司、保健師で打ち合わせを行い、保健師から関係者へ伝えました。懲罰ルールに乗っとることで、会社は対応を行ったという証拠があると良いと思ったんです。



就業規則の確認は大事ですよね。
産業保健師は必ず就業規則を確認しておくこと!
人事の対応が遅くなった要因



懲罰対象が当社で初めてであったため、弁護士への相談に時間がかかった。欠勤の経緯などまとめてもらったり、上司も気軽に相談できなかったりなどで、懲罰ルートでは人事担当者が動くのに時間がかかったんです。



懲罰ルート以外のアプローチの方向性もあっても良かったかもですね。
例えば、休職制度へ繋げるなど
- 法令・就業規則準拠の確認
労働基準法・労働契約法の遵守
懲戒処分には正当な理由と手続きが必要。法律違反リスクを避けるため、事実関係や処分基準が法令に抵触しないかを社内・社外の労務専門家に確認する。
就業規則・懲戒規程との整合性
会社規定に定めた「懲戒事由」「懲戒の種類・レベル」「手続きフロー」をひとつひとつ照合し、不備があれば修正・追記しながら進める必要がある。 - 公平・公正な調査プロセス確保
事実関係の詳細調査
当事者からのヒアリング、関係者の事情聴取、メール・ログなど証拠資料の収集・分析に時間をかける。弁明・弁護機会の付与
労働者に対して「いつ・どのような処分を検討しているか」「意見陳述の機会を設ける」など、十分な手続きを担保しなければならない。 - 部署間・関係者間の調整
関係部門への報告・承認
上長や部門長、人事責任者、場合によっては総務・法務部門との複数回の打ち合わせと承認が必要。
労働組合との協議
該当社員が組合員の場合は、組合側との協議・確認を経てから処分決定することが多く、さらに時間を要す。 - 書類作成・手続き負荷
懲戒通知書・議事録の作成
通知文書や調査記録、議事録、合意書など各種書類を正確に作成・社印押印を依頼し、押印済み原本を保管する手続きが煩雑。
内部システム(勤怠・給与)への登録
懲戒処分による減給・出勤停止などは給与システムへの反映や勤怠データの修正も伴い、総務・経理と連携する必要がある。 - リスク管理・法的紛争回避
労働争議・紛争リスクの回避
不当解雇やハラスメントと認定されるリスクを避けるため、法務チェックや顧問弁護士のレビューを入念に行う。
企業の社会的信用維持
社外に処分が漏れた際のイメージダウンを防ぐため、慎重な進め方が求められる。
懲罰ルートは、最短でも数週間〜数ヶ月かかるケースが少なくない。
休職制度へ繋げる



懲罰ルートからのアプローチは、私の頭になく斬新だと感じました!
私だったら、治療の機会の確保のためにも休職制度へ繋げると感じましたが、休職制度に乗っ取れるかどうかは会社の規程にもよると思います。



私の会社では断続14日以上の欠勤の場合、
休職発令が出るので、休職へ進むようになっています。
当社は、部長や社長との距離感が近いため、気軽に相談できる体制が
あるので、ありがたいです。



ご本人へ休職への意向を確認したのですが、「休職したくない。休職するなら会社を辞める」の一点張りで、、、
治療を開始することで休めると伝えていたんですが、、、
保健師の稼働日の関係や本人となかなか連絡が取れないこともあり、休職させることが難しかったです、、、



辞めてもらったほうが、会社にとっても欠勤による関節コストを払わなくてよくなるし、職場も対応に苦慮しているため、みんなハッピーですよね。



50代で給料も高そうですよね、、
会社にしがみついていたいのかも、、、



50代後半のため、休職して傷病手当金をもらって
そのまま退職金もらってリタイアの方が良い気がするなあ



傷病手当金は1年半ですが、
3年間は在籍しているとして休職することができます。
退職金も出ると思いますね、、、



日本の企業、、、優しいですね!
すごい!
- 直接コスト
- 有給休暇消化分の賃金:有給休暇取得であっても賃金支払いは発生します。
- 代替要員費用:派遣社員・アルバイト・他部署ヘルプなど、追加人件費が必要。
- 残業割増:欠勤分を補うために既存メンバーが残業すると割増賃金が膨らみます。
- 間接コスト
- 生産性の低下:ラインやチームで作業分担が崩れると、個々の進捗が落ち込みます。
- 勤怠管理工数:欠勤理由の確認、上長への報告、代替手配など運用負荷が増大します。
- 品質・安全リスク:慣れない業務を短期間で担うと、手戻りや安全トラブルが起きやすいです。
- 無形・長期コスト
- モチベーション低下: 「いつも自分だけが負担している…」という不満がチームに広がります。
- 顧客クレーム: 納期遅延やサービスレベルの低下は直接売上や顧客信頼の損失に繋がります。
- 採用・研修コスト: 欠勤による人手不足で新規採用が必要なら、求人広告費や教育コストが発生します。
懲罰&降格のアプローチだけでなく、治療の機会の確保という視点で休職へのアプローチを試みるのも一つの手。
欠勤を放置しているコストを保健師自身が理解しておく
人事・各部長・社長などキーパーソンと日頃から関係性を構築しておく
診断書を提出させている理由の確認



診断書を提出させている理由は、人事部門が「そもそも受診していないのではないか、受診していないから治療につながっていない」と考え、受診確認のために提出させていました。



会社だけがリスクを背負っている状態になっていますので、
診断書を提出させる目的を「通常勤務可能かどうか」の判断のために
提出してもらうことも検討しても良かったかもですね。
診断書を提出させる目的を人事の目的のみに限定せず、最終ゴールを関係者間で共有し、
そのための対策を検討していくことが大事!
参加者の声



本当に勉強になりました!
事例提供、ありがとうございました!
本当に大変な対応だったかと思います!



素敵にまとめてくださり、ありがとうございました! メモを取りながら参加していましたが、ところどころ飛んでいたので助かりました。まとめて今後同じようなケースが出てきた時に、早めに対応できるようにしたいと思います。



今回の事例検討会では、保健師が頭に入れておくべき大切な要素がたくさん詰まった事例だったと、振り返って感じました。 就業規則の確認をすること、保健師一人で悩まずに人事等含めチームで対応すること、コストを認識すること、、など盛りだくさんでした。 また、なのんさんの素早くまとめる力も、非常に勉強になります。 私は、素早く言語化することが苦手なので、そのあたりも真似していき、自分のものにしていきたいと思いました! ありがとございます!



先日は事例検討の機会をくださり、ありがとうございました。 最終的には退職されたので会うことはなくなりましたが、不意に似ている人とすれちがった時に「あの時もう少し違う関わりができていたら良かったのかなぁ」とモヤモヤすることがありました。 今回事例検討に出したことで、「この時は勤務日数も少なく、その中でできることできていたのかな」と思えました。 同時に、違う視点で関われる可能性も学べたので、もし次にアルコール依存症疑いの従業員が出てきた場合には、よりご本人と職場に良い関わりができるのではないかな、と思えるようになりました。 このような機会をくださり、ありがとうございました。
まとめ


今回は、アルコール依存症疑いの従業員への対応ケースをもとに
- 専門医受診拒否への対応
- 人事部門を動かすアプローチ
について検討しました。
産業保健体制や会社のスタンスなどによって対応の仕方やスピード感も変わってくることを念頭におきながら、
よりベストな選択は何か、
方向性をどこにおくのかを産業保健師の中で持っておくことは大事です!



アルコール依存症の方への対応は、後味が悪くなりがちですね。
今回も濃い内容だったと思いますので、しっかり休んで、
気づきを現場で現場で活かして頂けましたら幸いです!