「物忘れが目立つ社員がいる」— 受診につながらないとき、保健師はどう動くか

先日、産業保健師ラーニングの質問フォームに、若手の保健師さんからこんなご相談をいただきました(ご本人の許可をいただき、個人や会社が特定されない形に書き換えて紹介します)。
製造業の事務職・50代の男性社員Aさん。上司から「最近物忘れが目立ち、業務に支障が出ている。他部署からも指摘がある」と保健師に相談があった。ご家族も受診を勧めているが、本人は拒否しているという。
保健師は産業医面談につなぎ、本人も面談を受けてくれた。本人にも物忘れの自覚があり、「このままではいけないと思うが、診断がつくのが怖い」とのこと。産業医から受診の必要性を伝え、本人も受け入れた。
ところが1か月後、上司から「まだ受診していない」と連絡。本人に確認すると「1か月以内には受診する。病院を決めかねている」との返事。
早急に受診してほしい。でも強要はできない。保健師としてどう動けばいいでしょうか。
上司からの相談を産業医面談につなぎ、本人の受け入れまで届いている。ここまでの動きはとても良いと思います。「早く受診してほしい、でも強要はできない」という板挟みの感覚も、多くの保健師さんが経験しているのではないでしょうか。
私も同じようなケースを対応したことがあります。そのとき学んだことを含めて、「私ならこう進める」という視点でお伝えします。
まず、このケースの「位置づけ」を変える
一番大事なのはここです。
今は「Aさんに受診してもらう」という個人の健康問題として動いています。でも、すでに業務に支障が出て、他部署からも指摘がある段階です。こうなるとこれは、「会社として安全に働いてもらえるか」という就業上の問題です。
製造業であれば、事務職でも工場に出入りする場面や通勤があり、作業手順の抜け落ちがそのまま労災につながる可能性があります。就業上の問題である以上、「本人のペースを待つ」ではなく「会社として速やかに対応する」が基本です。
この位置づけにすると、受診の意味が変わります。「お願い」ではなく、安全配慮のために会社が必要とする情報を得る手続きとして説明できるようになります。保健師の動き方も、「本人を見守る」から「会社の対応を設計する」に変わります。
関係者会議を開く(本人抜き→本人同席の2段階)
こういうケースでよく起きているのは、上司・産業医・保健師がそれぞれ別々に本人に関わっていて、「誰がいつまでに何をするか」が決まっていない状態です。
ここを決める場を作るのが、保健師の役割です。関係者会議を2段階で設計します。
1回目: 本人抜きで、方向性を決める
産業医・人事労務・上司・保健師で集まり、次を決めます。
- ゴール(例: ◯月◯日までに受診し、結果を産業医に共有する)
- 受診しなかった場合に、会社としてどうするか
- 受診までの間の就業上の配慮(危険作業・工場内移動・車の運転の有無など)
人事労務に必ず入ってもらってください。会社としての判断を決める、必要に応じて弁護士や社労士と連携して会社を法的に守る、休職などの制度説明や手続きを進めて本人を支援する — これは人事にしかできない役割です。
2回目: 本人同席で、方向性を共有し、合意をとる
- 「いつまでに、どこを受診するか」をその場で決める(病院を決めかねているなら、選択肢を2つに絞ってその場で選んでもらう)
- 期限までに受診がない場合は、上司が同行して受診することを、業務指示として事前に合意しておく
- 受診状況の確認は上司が行う(保健師は本人の「相談できる場所」として残しておく)
ポイントは「受診しなかったらどうするか」を先に決めること
ここを決めずに待つと、1か月後にまた同じ状況で「どうしよう」となります。先に決めて、本人と合意しておく。これがあるだけで、その後の展開がまったく変わります。
本人への声かけの工夫
「診断がつくのが怖い」と話してくれているなら、それは大きな手がかりです。
受診を「認知症かどうか確かめるもの」として伝えると、足が止まります。物忘れの原因には、甲状腺の病気・薬剤の影響・うつ・睡眠の問題など、治療で改善するものもあります。「治せる原因がないかを確かめるための受診」と伝えると、受け入れやすくなります。
認知機能検査がカットオフ付近なら、「早めに調べる価値がある段階」という説明もできます。
もう一つ。ご家族がすでに受診を勧めているなら、本人の了解を得て、受診の同行をご家族にお願いする選択肢もあります。上司同行より本人の抵抗が少ないことが多いです。
受診が決まったら: 主治医との情報のやり取りを設計する
受診につながったあと、本人の口頭報告だけで今後の対応を決めるのは危険です。物忘れのケースでは、本人が受診結果や職場の状況を正確に伝えられない可能性が高いからです。
ここで設計するのは2方向です。
- 会社→主治医: 業務内容・職場環境・業務上の支障(事実ベース)を書面で渡す
- 主治医→会社: 就業継続の可否と必要な配慮について、書面で意見をもらう
本人の同意は、関係者会議(2回目)の場で両方向についてとっておきます。書面は保健師が下書きし、上司に事実確認してもらい、産業医にも目を通してもらう。主治医からの情報提供書の宛先は、産業医・保健師の連名にします。
ここまで整えると、受診後は「主治医の意見 → 産業医の就業判定 → 就業措置の検討」という流れにスムーズに乗せられます。
なお、実務でつまずきやすいのは、実はこの先です。「そもそも情報提供書は誰が書けるのか」「産業医にどう依頼すればいいのか」「『書けない』と断られたらどうするか」— ここで止まってしまうケースをよく聞きます。依頼の仕方ひとつで産業医の受け止め方は変わりますし、承諾が得られない場合の進め方もあります。
書面の様式(Wordテンプレート)と記載例、誰が書くのか・産業医への依頼の仕方・断られたときの対応までは、産業保健師ラーニングの「診療情報提供書 実践ガイド」に収録しています。
様式のダウンロードと書き方の実例は、産業保健師ラーニングの「診療情報提供書 実践ガイド」に収録しています。
・記載3点の具体例
・◯✕の書き分け
・主治医記入欄の設計
・通常勤務の基準と同意の取り方
・汎用様式(Word)のダウンロード
初回登録から30日間無料/月980円(税込)/いつでも解約OK
※すでに会員の方はこちらから直接読めます
保健師としてやっておくこと
このケースで保健師がやることを整理すると、次の3つです。
- 関係者会議をセッティングする(これが一番の仕事です)
- これまでの経過を時系列で記録に残す(いつ誰が何を伝え、本人がどう応えたか)
- 受診後の流れ(主治医の意見→産業医の就業判定→就業措置の検討)を、人事労務と先に共有しておく
板挟みを、一人で抱えない
「早急に受診してほしい。でも強要はできない」。この板挟みは、本当によく分かります。
でも、その板挟みを保健師一人で抱える必要はありません。個人の健康問題として保健師が抱え込むのではなく、会社の意思決定に引き上げる。それが産業保健師の役割だと私は思っています。
ちなみに、ご相談をくださった保健師さんは、このやり取りのあと「これは就業上の問題だと気づけた。本人のペースを見守るのではなく、保健師として動いていく」と返信をくださいました。位置づけが変わると、動き方は自然と変わります。
同じようなケースで悩んでいる方の参考になれば嬉しいです。
産業保健師 永松希望

永松希望(ながまつ のぞみ)
- 新卒から産業保健師ひと筋16年(産業医科大学 産業保健学部卒)
- 産業保健体制の立ち上げ支援4社/育成プログラム約20名に提供
- 実務相談・転職相談 のべ50名以上
- IT・製造・小売・物流・金融・調剤など多業種で産業保健サービスを提供中

コメント